「SUIT」という海外ドラマのシリーズはビジネスの中でいかに心理学を学ぶかというテーマに最適な教材としてお勧めです。このドラマではビジネスを人の善意と悪意の狭間の中で、また人生の葛藤の中で”自己概念”(アイデンティティ)をどう獲得していくかを教えてくれます。
主人公は天才的な記憶力を活かして弁護士のコンサル会社に勤めている若者。彼には直接の上司と恋人しか知らない秘密があり、それを知られると弁護士資格が剥奪される以上に刑務所にいく結果になるという設定。ハーバード大学卒だけが一人前とみなされる所属コンサル会社では、その嘘がいつ公の下にさらされるか気が気でない毎日という状況です。そんな仕事の中で上司の背中をみながらプロとは何か、超一流とは何か、正義とは何か、法とは何か、など重要な価値観を学んでいく姿に共感するわけです。
このドラマには秀でた能力の持ち主が陥る仕事上の落し穴や他者と協力していく難しさ、信頼性の意味など多面的な人間の在り方を考えさせるテーマ性があります。そのような「ドラマの感覚」こそ、すでに80年代に認知心理学者ジェローム・ブルーナの「ナラティブ理論」で強調したものです。
「ドラマの感覚」(Sense of drama)は葛藤や矛盾がキーとなるものですが、そこに矛盾を乗り越えていく次のステップへの鍵もあることに注目しておきたいところです。このステップは必然的な場を生み出し、飛躍的な成長や発達をもたらすものだからです。
私たちが生きる世界は矛盾と葛藤に満ちています。それを個人として解決しようとしても限界があります。その限界を超えて成功していくためには個人ではなく、他者との協力や組織といった武器が必要となってきます。そこにこそ当人の”人間性”と”知性”の統合が問われる生の人間行動のおもしろさやおかしさが現れてきます。
ただし、”人間性”といったものは見方によって様々ですが、だからといって漠然としているものではなく、その”問い”を探すのがこのドラマの面白さでもあるともいえます。
また、このドラマでは自分が視た”映画”のキャラクターの”語り”をジョークで使う場面が多くありますが、これがユニークなのは真似をする場面が頻繁に出てくるのです。そこにあるこだわりが、そのドラマの監督らしいところともいえます。
ふざけているようにも一見みえるのですが、は「ナラティブ理論」からすると非常に重要なコミュニケーションや学びとも考えられます。とくに”理念”などの価値観を習得していくうえでは、これは不可欠なドラマの感覚を含んだ即興演劇の「インプロ」に近い効果を持つものだからです。
ビジネスを成功させるものは「問い」の質ではないか、そんな想いをさせてくれるのがこのドラマです。シーズン2の後半で上司の信頼を失い途方に暮れる場面が続きますが、そこには自分がどういう選択をすべきか、その選択の基準を間違うときが”問い”を間違えるときでもあるのです。
私たちの日常は人の信頼に上に成り立つものですが、以外に相手を分かったつもりでいたりします。そのため、良かれと思い相手のためにした行動であったものが、後になってから逆に相手を傷つける原因になってしまいます。このドラマでは、そうした人間関係のズレとなる場面が至るところに出てきます。それが当初は小さな悪戯や相手のためを想っての隠しごとであったりするような“善意”でやってしまいます。そこがドラマの感覚を呼び起こす“矛盾”なのですが、その善意の結果がどうなるか予測がつかないために当人はその影響を見過ごしてしまいます。ここが間違った行動につながる”地雷”でもあるわけですが、一度その地雷を踏んでしまうと取り返すのはとても困難なのです。
そうした人生の困難を乗り越えていくにはどうするのか、そうした問いを常に視聴する側に投げかけながら、ドラマはドラスティックに展開していくというわけです。