企業が組織改革を進めようとするとき、最初に行われるのは現状分析と比較です。部門再編、プロジェクト型組織への移行、評価制度の刷新など、複数の案を並べてメリットとデメリットを整理します。コスト、効率、リスク、導入期間といった項目を比較表にまとめることで、複雑な情報を構造化し、意思決定の土台をつくることができます。認知心理学でも、人はカテゴリー化や比較によって情報を理解しやすくなることが示されています。
しかし、比較表だけで組織が動き出すことはほとんどありません。制度の違いを理解しても、現場の行動が変わるとは限らないからです。なぜなら、比較表が示すのは「構造」であって、「意味」ではないためです。
たとえば、営業部と開発部の連携を強化したい企業があるとします。比較表を見れば、プロジェクト型組織にすれば情報共有が進むが管理コストが増える、部門再編をすれば意思決定が早くなるが専門性が薄れる可能性がある、といった違いが理解できます。しかし、現場の社員が「自分たちの働き方がどう変わるのか」を実感できなければ、改革は単なる制度変更として受け止められ、行動には結びつきません。
ここで重要になるのが、認知心理学者ジェローム・ブルーナーが提唱した「ナラティブ(物語)による理解」です。ブルーナーは、人間には論理的な理解だけでなく、人物、目的、時間の流れを結びつけて意味を理解する“物語的思考”があると指摘しました。組織改革もまさにこの物語的理解が強く働く領域です。
「部門間連携が強化されます」という説明よりも、次のような場面を描かれたほうが、改革後の働き方が鮮明にイメージできます。
――新しいプロジェクト体制のもと、営業と開発が週1回の短いミーティングで顧客の声を共有します。開発担当者は顧客の課題を直接聞くことで改善案を即日まとめます。営業はその改善案を次の商談で提案し、顧客から「対応が早いですね」と評価されます。ミーティング後、営業と開発の若手が「次はこういう提案をしてみたい」と自然に話し始めます。
このような具体的な未来の場面を想像することは、心理学では「エピソード的未来思考」と呼ばれています。人は未来を抽象的な情報ではなく、自分がそこにいる場面として思い描くことで、行動が強く後押しされます。改革が「制度」ではなく「自分たちの未来の働き方」として意味を持ち始める瞬間です。
さらに、物語には必ず「登場人物の活動」があります。営業が顧客の声を集める、開発が改善案をつくる、マネージャーが意思決定を支援する、チームが短いミーティングで情報を共有する。こうした具体的な活動があるからこそ、改革案は単なる制度変更ではなく、「自分たちの働き方の物語」として立ち上がります。
ここから見えてくるのが、ナラティブ活動理論の基本的な発想です。人は物語を頭の中だけで作っているのではなく、日々の活動の中で物語をつくり、その物語が次の行動を方向づけます。つまり、活動 → 意味づけ → 物語 → 次の活動 という循環が生まれているのです。
組織改革もこの循環の中で動きます。現場ヒアリングをすることで課題の意味づけが生まれ、「こう働きたい」という物語ができる。その物語が新しい制度を試す行動につながり、試行の結果がまた新しい意味づけを生みます。改革は制度の導入ではなく、組織が新しい物語をつくる活動そのものなのです。
だからこそ、改革を成功させたい企業が本当に行うべきことは、制度のメリットを説明することではありません。「この改革によって、あなたのチームはどんな働き方になるのか」「半年後、どんな成果が生まれているのか」「そのとき、誰がどんな活動をしているのか」を、社員自身が物語として描けるように支援することです。
比較表は「違い」を理解するための道具です。 ナラティブは「自分たちにとっての意味」を理解するための道具です。そして両者を、実際の活動と結びつけて考えるところに、組織改革を動かす本質があります。匠英一が提唱する『ナラティブ活動理論』は、組織が変わる瞬間を捉えるための強力な視点になるはずです。