■未来の在りたい先行経験「ゲーミフィケーション」の心理効果
ゲーミフィケーションはゲーム的な特徴をただビジネスに取り入れただけのものではありません。それだけであれば、その本来の可能性の半分にも満たないものになってしまいます。リアルの世界では作れない世界や行動を先取りして描き出して模擬的な世界を作り出すことによって、新しい消費欲求(動機)とその行動を生みだすようにすることが重要だからです。
この分野では、フライトシュミレーションが先行経験の先端技術で行われた基本モデルといえます。失敗しても危険はなく、リアルに近い経験をそこで得ることができるため何をどうすればよいかを学習できるものです。そのリアリティが実際の飛行でも役立つことは明らかです。そこから、商品を購入した顧客がどうそれを利用(消費)するか疑似体験化する場としてネット上の在り方を考えてみようというわけです。
そして、2005年ごろに登場したセカンドライフは、ある意味ではそのネット上の理想モデルをめざしていました。リンデンドルという貨幣のやり取りが話題にもなりましたが、その試みは実際のユーザのニーズに合わず一時のころに比べ随分トーンダウンになった感があります。
マーケティングの専門家にとっても、これを失敗とみるか、成功への途上における困難とみるかは意見の分かれるところです。企業にとっては高級なコンテンツを3D世界として見せる場ということでしたが、コストやコンテンツ作成の能力レベルで壁が高すぎた点など失敗要因とされています。
しかし、本質的なことはコスト上の問題以上に、ユーザ(消費者)が主人公となれて関与できる場ではなかったということでしょう。まだフェイスブックなども登場していなかったわけですが、コンテンツのクオリティは企業側で決めるものであって、どうインパクトのある「完成品」を提供できるようにするかが企業側の関心ごとであったのです。
結局のところ、ネット上の新しい場であっても、基本の考え方は従来のビジネスモデルである企業側のブランド戦略の延長であったのです。そこから、一歩出るためにはどうしてもソーシャルな関係性の構築が不可欠であったといえます。
人が人のコトバで未来を語り、当人がまだ経験していなかったことを他者の体験談として聞けるようになった。それは経験の一般的な交流という意味以上に、自己を超えた未来の経験記憶(心理学では「エピソード記憶」という)に働きかけるものです。そのエピソード記憶の意義はただ一般的な知識として理解する「意味記憶」と比較して、次のようなところにあります。
1)エピソード記憶は経験の具体的な文脈とつながっているため、その場との結びつきが強くなる
2)エピソード記憶は記憶に残りやすく永続的な形で感情とつながっている
3)エピソード記憶は人に語りやすい形であるため、口コミ効果を創りやすくなる
以上のことからすると、先行経験として試供品などを利用したりネット上でその使用経験など口コミを知る機会が増えることによってエピソード記憶がさらに増幅していきます。その結果としてブランドへの高い関心や購買意欲を創りだすという相乗効果がうまれるのです。
エピソード記憶は物語の形で時間と場所とつながって理解している状態です。想起される場合も、その時間と場所に影響されるため、同じ場所に来たりすると想い出としてよみがえったりします。クリスマスが誕生日などでもらった商品が忘れにくいだけでなく、その後の消費生活にも影響を与えるのはそうした理由によるものです。