(その7)不正の心理とは

■不正の心理(1)/犯罪をするのは異常者ではない「普通の人」?

不正や犯罪をするのは異常者ではない「普通の人」だというと、それは違うと思うのではないでしょうか?
犯罪心理学では「非社会的な異常心理」を問題にしてきたのですが、異常かどうかは外見からはわからなくなってきたのが最近の犯罪の特徴だといえます。

19世紀頃は、犯罪者は遺伝的な原因とみなされていましたが、現在は育った環境やそこでの人間関係を含む状況といったことが重視されています。そのため、犯罪に至った状況要因を犯人の自白以上に重視しているわけです。原因不明のような事件が多いのも現状ですが、とりわけ心理学者の視点から問題となるのは、次の3点でしょう。

①加害者と被害者、裁定者のそれぞれの相互の影響関係→「犯罪誘引の相互作用」
②目標は正しいとされるのに実現手段がない→「アノミー理論」
③都合のよい証拠で原因特定しようとする→「選択的確証」

後述するように、それぞれが関係しあいながら「犯罪」という結果を創り出しているといえます。そのため、犯罪に至った「動機」を犯人に聞いても、当人自身もよくわからなかったりするのです。

■不正の心理(2)/その「当人が悪い」という見方の限界とは?

家庭内暴力(DV)やストーカー行為は、最近になるまで民事問題として刑事法の対象ではありませんでした。これらは、プライベートなものとして犯罪扱いにはなじまないとされたのです。ここには裁定者側の問題も関わってくることから、犯罪心理の範囲は、加害者←→被害者←→裁定者の相互関係を理解していく必要があります。

例えば、当初は正常な恋人関係であったカップルが、途中からストーカー事件となるケース。女性がミニスカートで無防備に夜道を歩いていたとすれば、それが「誘引」として待ち伏せのストーカーを刺激するようなことになるわけです。

つまり、ある状況においては、犯罪者にストーカー行為をしやすい要因を被害者が意識せずに創り出しているということです。もちろん、これは犯罪者を正当化するものではありません。家族療法の箇所でも述べたように、何かの心理的な原因を引き起こしたものを、その本人の個人内での「閉じたシステム」としてでなく、「相互作用のシステム」としてみる視点が、ここでも重要となってくるといえるでしょう。

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(その6) スランプの心理

■スランプの心理からわかる本番に弱い日本人の性格

なぜ日本人はプレッシャーに弱いかというと・・・
オリンピックなどでよくわかるように、日本人は肝心のところで能力を発揮できない弱さがあります。これは「注目されることに弱い」ことと関連しているようです。

自分だけが目立って表象などされると裏で妬まれのけ者にされかねないこと。これはアルバイトなど多数いるような企業ではとくに顕著なのです。そのため、誉められることにもプレッシャーとなり、逆効果となることもあるのです。こうしたら笑われるのではとか、失敗したら恥だとかいった「他者の承認」を必要以上に感じる傾向があるというわけです。これは自分に自信のないことを反面では示すものだともいえます。

意識調査などでも、他国の人と比べてとくに日本人の自己評価が低いことでもそのことが実証されています。例えば、それは欧米と中国の3カ国の中学生を調査した結果(02年河合和子)でも、「自己への積極的な評価」をしているかの質問への回答では、海外が8割以上なのに日本は4割程度というのです。とすると、「和をもって尊し」とする日本人気質が、悪い形で表に出たのが「他者の承認」に依存しがちな行動といえるでしょう。

■スランプの心理からわかる努力する割に報われない日本人の働き方

スランプに陥るのには運良く勝ってしまった・負けるはずのない相手に負けてしまったなどすると、スランプになる可能性があります。そのタイプには、成長過程に不可欠な「調和的体制型」と、疲労等の原因で起こる「疲労的限界型」があります。

これらは気づくのが困難ですが、運良く試合に勝つケースでは、いつもとは違うやり方をして勝ったイメージが印象に残り、それが固定化してフォームが変わるなどの問題が出るわけです。

ここではやり方の変更による「スキーマ」の歪みが問題となります。これは「調和的体制型」のスランプといえるもので、技能の成長過程で新しい自分の技能レベルと身体のそれがマッチしないために一時的に生じるものです。そのミスマッチは時間が解決するので無理をしないで基本にもどることが重要でしょう。

「疲労的限界型」のスランプに陥ると、練習をすればするほど、かえって成長のマイナスとなりうるので注意が必要です。そのまま続けると練習への集中力が欠けやる気もそがれることになりますが、素振りのようなことや仲間との合宿研修などが有効でしょう。

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認知科学による動画マーケティング(11):未完成型コンテンツの魅力

未完成型コンテンツの魅力とユーザ参画モデル(CGM)

新しいコンテンツビジネスの特徴は初音ミクに代表されるように典型モデルがあるものの、創り手側が新たにカスタマイズしながら協同製作物に仕上げていくという特徴があります。それにより、コンテンツの内容は多面的になると同時に、フリーウェアなどのように共有されて拡がりを創り出しています。

その発展を支える条件としては、誰もがコンテンツの担い手として登場できる場がプラットフォームとして確立されていることです。WIKIやSNSメディアはそのプラットフォームの役割を果たしており、そこから発信される情報やコンテンツは「未完成」というソーシャル性を持たざるをえないわけです。

ここでいうマーケティングの「ソーシャル性」とは次のような特徴を持つものです。
1)素人がプロの世界に参画することができるビジネスプロセスが開かれる
2)協働の場がプラットフォームとして存在しビジネスの基盤となっていく
3)他者のリソースを活用しながら新たなものを創作できる編集的な力が重要となる
4)個としてのパーソナルな関係性がネット上ではとくに強い影響をもたらす
5)顧客と企業の力関係が逆転し、顧客情報を活用するレベルの高さがビジネスの勝敗を決定する。

■情報の「ストーリー性」の特徴

さらに、情報の「ストーリー性」とは次のような特徴を持つものです。

1)ストーリーは、バラバラなデータの集合ではなく、物語的な因果関係がそこにあってはじめて感動や納得をもたらす
2)ストーリーは、”語る”という表現の相互交流の場があってこそ意味が深まり口コミ効果を発揮する
3)ストーリーは、言語や文字に限られるものではなく、絵を含む記号全般に意味とイメージを与える
4)ストーリーは、表現するプロセスや語り手の存在をクローズアップし、パーソナルな関係性を要求する
5)ストーリーは、ビジネスに表現活動の場を与え、その効果がビジネスプロセス全体に及ぶようにする

3や4番目についてはキャラクターの役割が重要となってくる理由でもあります。多くのキャラクターはアニメ的な表現のものや動物などかわいい面を強調するものですが、販促・宣伝の際にはブランドイメージにプラスになるように
することが求められます。

キャラクターそのものがどんな形でコミュニケーションをしたいかをユーザ(消費者)に要求しているからです。かわいいクマの顔を描いていれば親しみやフランクな関係を表すでしょう。

ところが、リアルなクマの写真のようなものであれば力強さや権威を要求するようなものとなるはずです。そこにキャラクターのイメージ戦略があり、ストーリー展開を考慮するうえでも相手の要求にミスマッチとならないようにする必要があります。

 

 

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認知科学による動画マーケティング(10):ゲーミフィケーションによる「報酬の自由度」

■ゲーミフィケーションによる「報酬の自由度」の方法と課題点

報償を通じて人事評価や人材開発することは今やどこの企業でも重視してきています。望ましい行動をした報償としてポイントを与え、それを人事評価の指標としていく仕組みは、「ゲーミフィケーション」として検討することができます。そうすることで、より楽しく日常の仕事の中に仕組み化することができるからです。

ただし、ゲーミフィケーションもどんなに表面上ゲームの形になっていても、管理や依存症を産み出す道具になってしまう場合もあります。
たとえば、管理の道具となる問題につて、「ゲーミフィケーション」の著者としても知られる井上明人氏(国際グローバルコミュニケーション大学)は「管理される仕事」の例として次のような場合をあげています。

『「朝起きて歯を磨くと歯ブラシについたセンサーが感知して、歯磨き粉メーカーから「よくできました!10ポイント!」と褒められる。朝食にコーンフレークを食べると、ケロッグから10ポイント。通勤にバスを使うと政府からエコポイントが支給され、それは減税の対象になる。定刻にオフィスに着いたら会社からポイント。打ち合わせ先にバスに乗らずに歩いて行くと、医療保険会社からポイント…」』

これに対して、次のように「働き方を自ら構築できる組織の支援」の視点からゲーミフィケーションを提案しています。
『「朝起きて歯を磨くと歯ブラシについたセンサーが感知する。このセンサーの情報はとりあえず集積させておくことができ、歯ブラシを使ったゲームはざっと一〇〇種類からダウンロードできる。自分でゲームをつくることも、そんなに難しくはない。

会社に行くと、今度のあたらしい人事評価の仕組みでは、子育てをがんばっている人間が、結果的に損をしてしまう可能性がある修正が加えられていたので、とりあえず自分が仕切っているプロジェクトではちょっと抵抗を試みる。子供とコミュニケーションの時間をとっていることが、良い評価につながるようにゲームの仕組みを少しカスタマイズしておく。」』

前者の例は企業の管理側の視点からポイントなど報償を仕組みにしていますが、後者は現場側のスタッフが自らの仕事の改善として取り組む仕組みにしています。一見同じようなゲーミフィケーションにみえますが、実はどんな立場と価値感に基づいて仕組み化しているかがまったく異なり、その結果としての“成果”も違ってくるのです。

■動機付けの理論からみた「コンプガチャ」による“依存症”の問題

このような依存の問題に関連して注意したいことは、「コンプガチャ」です。この意味は、Wikipediaによれば次のようになります。
「カプセルトイ(ガチャ)のようにランダムに入手できるアイテムを揃える(コンプリートする)ことで稀少アイテムを入手できるシステムのこと」

偶然性がここでキーとなるため、コンプガチャの仕組みからは自己の“有能感”を経験することができないわけです。そのため、仮にうまくコンプガチャを達成したとしても「次はさらに難しいコンプガチャに挑戦する」というチャレンジングな意識にはならないと考えられます。

報償の仕組みはゲーミフィケーションの土台でもありますが、同時に人の行動を動機づけるエンジンともいえます。同じポイントを与えるにしても、そのタイミングや重要度や影響は変わってくるのです。

認知科学的な問題として知っておきたいのは、「モチベーション3.0」を提唱したダニエル・ピンクが内発的動機を重視した点です。彼が述べる内発的動機とは次のようなことです。

最初は内発的動機として行っていた自発的な行動が、途中で金銭的な報酬などを与えられると、その内発的なものが減少し逆に外発的動機としての金銭的なものだけに依存するようになることです。

人の行動を呼び起こす動機が「外発的動機」にしかならないなら、それは行動をコントロールする側の論理でしかなく、いつか当人自身は幸せな感情を持てず、その外発的な要因に依存して行動するようになってしまうことを憂慮したわけです。

自分の行動を自分でコントロール感(自己効力感)や、社会(他者)のために自分が役に立っているという貢献感があること。そのようなポジティブな心理が、継続した幸福感を持つことができる条件であることが多くの心理調査でもわかってきています。

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認知科学による動画マーケティング(9):「セカンドライフ」の失敗

■「セカンドライフ」の失敗はなぜ?

ゲーミフィケーションの6つの自由度の視点からみたとき、「展開の自由度」を持たせる点で大きな失敗をしたのが、「セカンドライフ」です。これはよく知られるように、2010年頃までは3Dデジタルコンテンツのビジネスとして注目されていましたが、今や国内ではその噂さえ聞こえてきませんが、欧米では少し異なるサービスとしてまだ進化しつづけているようです。

いずれにせよ、このでセカンドライフの失敗から学ぶべきことは、目新しい技術だけではネットサービスに限界があることです。3Dの立体空間は魅力的ではありましたが、そこには過大評価ともいうべき人の“認知力”に関わる甘い見方がありました。

3Dが魅力的なのは、その世界が自分の存在価値を高めるような手作り感があり、かつ容易に知人になれるようなソーシャルな関係がなくては始まらないことでした。

立体空間が自然に見えるのは一時的には魅力となっても、それほど長くは続かないという点です。
これは人が絵をみたり漫画やアニメを解釈する「認知プロセス」の研究などからわかっていることなのです。

たとえば、漫画をシリーズなどで読むときを考えてみてください。その漫画家の絵を最初のころに視たときの印象はかなり違和感があったはずです。ところが、そのリアリティのない感覚は漫画を何度か読むにつれて数カ月も経つ頃には、その違和感がほとんどなくなっているはずです。その漫画の一コマのシーンがあたかもリアルな世界かのような感覚を持ってくるのです。

これは絵の特徴や個性といったものに当人の認知の仕方が“適応”していくために起こる現象なのです。日本人はとくに漫画文化の中で育ってきた歴史があるため、

漫画の表現形式に慣れ、その解釈の仕方を“学習”しているのです。ある意味では漫画を読みこなすエキスパートでもあるといえるのです。
それゆえ、3Dでなくとも、十分にその表現された漫画(キャラクター)をリアルな感覚で認知できるというわけです。

 

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認知科学による動画マーケティング(8)

■ゲーミフィケーションについての認知科学的アプローチ

ネット戦略としてゲーミフィケーションを実践していくうえで、成功条件として次の6つの“自由度”をあげることができます。
これは私(匠英一)の独自の認知科学的なアプローチによるものですが、以下がその自由度の内容です。

1:【時間の自由度】自らの都合でいつでも開始し終わることができる
2:【空間の自由度】自らの場所がどこであろうと同じようにできる
3:【報酬の自由度】自らの選択に応じて報酬(成果)が得られる
4:【測定の自由度】自らの行動の結果や反応を測定し数値化できる
5:【相手の自由度】対戦する相手が自ら望む形で多様に連携できる
6:【展開の自由度】原型を土台にして亜流の表現展開が自由にできる

「時間の自由度」は、 「即時フィードバック」と呼ばれる反応時間に関わる問題と関係しています。これはクイズなどで回答してその正解が返ってくる時間など反応した結果の時間を 言います。入力後に1秒で回答が示されるならストレスもないわけですが、10分かかるとなるとその間の待ち時間が退屈なものと感じられるからです。

また、自分の好きな時間にゲームの結果などが、すぐにわかることがモチベーションに関係してきます。これは「測定の自由度」に関連することでもあり、何かを測る方法が簡略なものとして日常化されることが条件です。

「空間の自由度」と は、場所が選べることやその制限ルールが柔軟であることを意味します。たとえば、フォースクエアはスマホのアプリでゲーム的な形で地域の店を宝探しをする ショッピングモデルです。これは一定のリアル地域をGPS機能で場所特定しながら、加盟店舗を廻る宝探し的なゲームなのです。このリアルの空間とネット空 間が位置情報によって連携している点が重要で、GPSの利用が拡大すればさらに面白い進化をしていくことが期待されます。

「報酬の自由度」とは、金銭的な報酬だけでなく、バッジやポイントなど多様なメリット性を与える仕掛けができるということです。バッジは名誉欲やベストワンの魅力を強調するものであり、ポイントは後で金銭の代わりとしてサービスが割引されたりするメリット性があります。

ただし、パチンコの玉が後で金銭に還元されるように、それは当人にとって価値ある何かと還元されるルールが前提なければ成立しないものです。セカンドライフが一時期、爆発的な人気を得たのも「リンデンドル」という仮想貨幣が利用できるようにしたからでした。

「測定の自由度」とは、測定する道具やノウハウが多様になり安価に誰でもできるようになったことです。「ランキング・レベル」や「ポイントレベル」が、常に必要な場面で“見える化”されている状態というのが「測定の自由度」の意味です。

ネッ ト上ではログデータがアクセスした際に取れるため、いつ、どこから、どのPCが、どのように、といった詳細なプロファイル情報を得ることができます。その 結果、無料の分析ツール「グーグルアナルティクス」など利用すれば、利用者(顧客)のネット上の購買行動なども容易に知ることができ、飛躍的なマーケティ ング情報の利用が進むわけです。

「相手の自由度」は、対戦者の候補を選ぶことができる自由度のことで す。その候補がネット上の友人であっても、その友人の友人といった連鎖関係から複数の候補を選んだりできるといったことです。いわゆるソーシャルゲームが ブームになっている現象をみれば、その効果がどれほどのものかわかるというものです。

ソーシャルゲームの受けている理由は、ゲームを個人内の趣味範囲にとどめるのではなく、ゲームを通じて交流していく関係の拡がりやそこで協力したりする活動の楽しさにあります。

こ のソーシャルなゲーム性の可能性ということでは、ジェーン・マクゴニガルの著書『幸せな未来は“ゲーム”が創る』 http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3 %83%9E%E3%82%AF%E3%82%B4%E3%83%8B%E3%82%AC%E3%83%AB/e/B00IJCWJIW が有名で、ゲー ム業界のみならず、マーケティング業界にも大きなインパクトを与えたものです。

「展開の自由度」とは、初音ミクが著作権をオープンにすることで、当初の素材としての歌姫的な3Dモデルから、多様なバージョンの模擬的ミクが生まれてきました。この成功の要因が「展開の自由度」のカギとなるものだといえます。

デジタルコンテンツの優位性は、まさにこの展開の自由度にあります。言い換えると著作権が切り貼りデータとして2次利用、3次利用まで拡大できることです。その結果として多様な顧客層にまで共有化が進み、またその顧客(利用者)が他の見込み客まで口コミをしてくれるような
サイクルが生まれるというわけです。

音楽、映像、メディアの多様な組み合わせを異なる分野の人達の協働作業によって創り出す。そのことで立体的なコンテンツサービスが展開されたきたといえるでしょう。

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認知科学による動画マーケティング(7)

■キャラクターの作成法

キャラクターはおもしろければ良いと考えがちですが、自社サイトなどで使うのであっても、一貫したマーケーティング戦略の中で検討すべきです。

安易に外注プロダクションに投げてしまっては、本来のビジネスに即した活用とのギャップを生みだしてしまうからです。そこで、顧客戦略として、自社にとっての優良な顧客モデルを明確にすることが重要となります。そのようなメソッドとしては、「ペルソナ法」が有効です。

この“ペルソナ”の語源は“顔”という意味ですが、そこから性格や人柄などの意味が込められて、顧客イメージを明確にするマーケティング法として知られるようになったものです。

ネット活用でのキャラクターには、一般的なペルソナ法だけではなく、ネット戦略との兼ね合いも考慮する必要があります。
ネット戦略が、ソーシャルメディアを軸に据えるものであれば、「顧客コミュニティ」を支えていくような方向性が大事だからです。
そのためのポイントが以下の3つの特性です。

1:【顧客特性】どのような顧客(見込み客)に対して訴求するものか
2:【行動特性】どんな性格とライフスタイルを持つものか
3:【対話特性】どんな表現形式とどんな場面で“登場”するものか

たとえば、筆者が教えている大学サイトでキャラクター作りをした例でその内容を検討してみましょう。

■デジタルハリウッド大学のキャラクター案

デジタルハリウッド大学は、デジタルコンテンツの3D・アニメデザインなどのクリエータやWEBマスターを育成する単科大学です。当大学の杉山友之校長がトップページでも登場し、業界の著名人として大学の広告塔にもなっています。

このような大学にキャラクターがないのはむしろ不自然ですので、学生らに試作させたものが次の図です。便宜上、次のようなタイプに分類できます。
※実際のキャラクターの図は次のサイトページ参照
→ http://www.takumizemi.com/gaiyo001.html
●学長タイプ
●学生タイプ

学長は大学のシンボル的存在であることや、当大学では創業者である学長にはファン学生も多いため存在感のあるキャラクターとなっています。ただし、現存する人物をキャラクター化したときには、そのリアリティさゆえに、固定したイメージが作られており、その結果として幅広い層の視聴者に受け入れられるには無理があることです。

その点からすると、学生タイプのものは架空のキャラクターであることから柔軟な性格付けや行動スタイルの設定ができます。
基本としての顧客戦略からすると、優良顧客層の学生イメージをペルソナ化したうえで、そこに共感や親しみがわくようなキャラクター作りをすることが望ましいといえます。

中性タイプのものは、抽象化されたイメージですので役割や意味を明確にしておくことが求められます。大学のロゴ「DH」を使ったものが試作では多かったのですが、ロゴイメージとタイアップさせることで面白さの印象を際立たせるといった効果が見込まれます。たとえば、大学専用ツイッターのヘッド部分に使うのは有効です。

しかし、この種の中性的なキャラクターの難点は、ロゴを知らない人たち(見込み客)には不自然な形の図でしかないということです。ロゴありきを前提にしたキャラクター作りともいえますが、サイト情報の説明するようなナビゲータ役などでは信頼性を作りにくいものになります。

日本ハムのキャラクター「ハム係長」は中性タイプですが、そのハムの形の丸い顔が人的な要素を印象づけることで擬人化に成功しています。

ハム係長の例では、一人のある担当者がそのキャラクターを支えているわけですが、一般にはマーケティングの担当の複数のメンバーが交代でメッセージ作成をしたりするものがほんとんどです。それがユニークであるのはただキャラクターの表現レベルだけの問題ではなく、表現を会社としてどうメッセージするかという戦略性にあります。

ハム係長の場合は、その担当が出張した場合にはそれを正直にメッセージにも表現として入れるほど、内容のリアリティと正直さがあります。一般企業ではそこまでやるには社長以外難しいといえますが、視聴する側から感じるのは「自己開示」という心理効果です。

自己開示とは、自分の悪い点もさらけ出すような正直さを他者に対して表現に出すことです。それによって、受け手側も自己開示をするようになり相互の信頼性が高まるという効果ということです。

この自己開示を表現全般に行えるようにするには、メディアそのものも対話特性を持たせる必要がある。解説書のような文章やコンテンツ内容ではなく、聞き手に語りかける口語的な表現が有効であることはフェイスブックなどみても明らかです。

つまり、「語りかける」というのは、「意味の伝達」だけではなく「心の交流」であるからです。英語では「語りかける」ことを物語ると少し違う意味「Narrative」と呼んでいます。これは「ナレーション」の原義にもなりますが、より正確にいえば「目の前の特定の誰かに音声のコトバで語る」ということです。「Story」は物語の内容そのものや構成の仕方を意味しているので、この点は音声としての語り自体を意味するナラティブとは区別しておくほうがよいでしょう。

ナラティブなメッセージをネットで行うとすると、そこに「語り手」や「聞き手」の“顔”がみえるようにしたいわけです。企業であってもそこに親しみを作るには“顔”が必要となってくるため、ブランドイメージを強化する手段としてもキャラクターは不可欠となってきたといえるのです。

とくに商品がモノから形のないサービスへと発展してくると、顧客のサービス経験をどういう形で見込み客に理解してもらうようにするかが、口コミの効果を決めるものとなってきます。

それが経験である以上、それは企業側のコトバで表現しても信憑性に欠けるため、当の顧客のコトバ、しかもそれを見える化するような仕掛けが求められるようになってきているのです。

■これからのキャラクター利用の課題

一般に大学サイトの目的は、見込み客としての入学希望者を増やすこと、また既存客である学生に満足を与えるサービスをすることなどです。

大学広報部がこうしたサイトの企画などするわけですが、実際にはあまりキャラクターの利用はされていません。

その理由としては、キャラクターが漫画的な要素だけ注目されてきたことや、企業でも特定の商品ブランドや企業ブランドのイメージアップのような漠然とした効果しか期待されていなかったためです。そこには対話的な関係での、相互のコミュニケーションは念頭においていなかったといえます。

その結果、企業ホームページでキャラクターを使うのは、企業パンフレットの代行的な役割しか与えられず、その事業内容を「情報」として提供する程度だったからです。

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ストーリー心理を動画に活用する方法(10)

■語りとしての“時”を軸とするストーリー性の特徴
「タイムライン化」

ツイッターやストリーミング式の動画利用は時系列でのリアルタイムで表示されるため、「タイムライン化」のツー ルといえます。基本的には最初から計画していたストーリーになるかどうかは未知数の部分も多くなるため、素材としての面白さやハプニング性を活かした内容 を集めていくことが重要となります。

ブログも一般的には時系列での表示ですが、内容を整理したり分類して書いている場合もあるので「カテゴリー化」の面もあります。また、質問を整理した形で表示するFAQの方式は「カテゴリー化」が基本となります。

過去にすでにインタビュー記事などをタイムライン的な形で記載していた雑誌を、後からテーマ別に編集し直して別のネット上に掲載する場合はカテゴリー化へと移したわけです。

ネットでの取材記事やブログ情報などは、初期の段階では素材としてできるだけ多く集めておくことです。あまり内容を最初から分類しようとせずに、タイムライン式にストックしておくのです。

そして、後で戦略性やコンセプトに応じたカテゴリー化をして整理しておきます。コンテンツとしての魅力はその編集作業の質に左右されるため、素材と してのストックをこまめにしておくことです。それと同時に、分類基準なりのカテゴリーの設定もタイミングよくすることが大事でしょう。

つまり、素材情報はタイムライン化のツールで質よりも量を多くストックすることを心がけるわけです。その一方、説得情報はカテゴリー化のツールで質を重視し、編集によって内容を分類していくことがポイントでしょう。

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女性はなぜ”しぐさ”の理解が得意なのか?

■しぐさや表情を理解するのは女性が得意なのはなぜ?

浮気を見破ることにかけては男性より女性がずっと優れています。例えば、男性では目をそらすのに、女性は嘘をついていても相手の目をじっとみつめながら話しができます。また、写真を200枚ほど見せて本当に悲しい表情かどうかを判断させる実験では、男性は70%程度なのに女性は90%当てることがわかっています。

つまり、相手の表情から感情を読み取る「表情認知」でも優れているのです。この表情認知については、悲しい表情などの表情を写真に撮り、それを200枚程を男女に見せて正確に判定できるか実験した結果、女性は男性より20%も優れていたというのです。感情このような理解のスキルを「ソーシャル・スキル」と云いますが、女性は明らかに男性より優れているわけですね。

この面で、女性が優れている原因は、性的な脳の役割・機能のレベルの差があります。女性は右脳と左脳を橋渡しする「脳梁」の太さの比が男性より大きいことがひとつの理由です。つまり、左右の脳のかけ橋となるものなので、それの交流が活発ということになり情報交換がしやすいことを意味するからです。

これによりバランスよく物事を並列処理することができます。男性はTVを視るなら他のことを同時にはできませんが、女性は視る一方で子どもをあやしたり友人とおしゃべりしたりできます。この認識の「並列分散処理」の仕方こそ、直感的な働きでしぐさや相手の表情の変化を捉える能力があるのです。

「並列分散処理」というコトバは、脳科学でも知られるものです。 これはちょうど、ニューロン【脳神経細胞)が、それぞれ単体では極小の記憶単位でしかないのですが、何億とネット網として相互作用をすることで高度な思考・感情を産み出すという仕組みのことです。

人の能力とは、ニューロンによって制約されているので、当然その相互作用の力をフルに使って直感を働かせます。そして、しぐさのようなわずかな行動の変化情報の意味を状況の中で読みとるわけです。

その処理の仕方は1+1=2のような計算ではなく、1+1=3~100のような結果を生み出すものです。そこに能力を固定的にみてはならない人間の可能性のすばらしさがあります。
といっても、明日のテストで何点取れるか心配している学生など、人の知識の限界を常に感じる現実があるようにも感じます。そのギャップはどこから来るのでしょうか?

実はテストによって評価されている側が、その評価を固定的に受け入れてしまう自己の「認識」にあります。「能力」をどうみるかという認識の枠組み=スキーマが問題なのです。
とくに、暗記的要素をメインの領域としたテストによる弊害は大きく、それこそが人の能力を低い状態で認識させる「認知的制約」になっているといえるのではないでしょうか。

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行動を制約して方向づける「アフォーダンス」とは?

■状況との相互作用から行動を理解する「アフォーダンス」の見方

知覚情報は、人の身体動作(五感)による環境との相互作用によって触ったり感じたりする性質のことです。これは一般の思考とは区別される認知プロセスです。生態心理学者J・J・ギブソンはその中のある特有の性質を「アフォーダンス(価値づけられた情報)と定義しました。

例えば、椅子の“形”によって深く座るか、浅く座るかの動作が自動化され誘導されるとみなすのです。モノが使いやすといったことは実はこのスムーズな自動思考をさせるかどうかにかかってきます。こうした性質を商品開発に結びつけて「ヒューマン・インタフェース」の研究が進んできました。

ギブソンは様々な生物の視覚を調べましたが、ある環境の特定の情報がそれらの生物の特定の行為を促すことを発見しています。たとえば、カエルは明暗に対して敏感で、頭上が一定の割合で暗くなると跳びはねます。これは天敵のカラスなどがきた際に“逃げる”というアクションを誘発しているわけです。

カエルはこのとき考えて飛ぶのではありません。行動として反応する状態にあるだけで、特定の明るさの変化情報が「飛ぶ」という逃げる行為を促すのです。そこには動物の行動が長い年月の中で、生き残るために蓄積してきた行動パターンの教訓が組込まれているといってよいでしょう。

そして、人間も同じように特定の外界の光や音といった感覚刺激の情報を受け取り、それを特定の行動パターンとして受け取めるようにできているといえます。従来の心理学では、このような外部刺激を単純な刺激反応として区分していましたが、アフォーダンスの視点はそれを環境側と動物の両者の相互作用の産物として理解した点に特徴があるのです。

人とモノを静止状態ではなく、アクションの中で捉える相互作用という発想は従来の心理学にない斬新なものだったといえるでしょう。

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