匠英一のソーシャル・メディア論(その3)

<ネットワークがもたらす「シェア化」と消費者心理の動向>

消費者心理の変化(1):「シェア」する文化への転換

2000年を前後からインターネットに新しい波「ソーシャル化」が登場し、消費行動が変わり始めました。変わったものが消費者の個々の行動というよりも、よりインパクトを持つ消費者の層の変化をみる必要があります。そこからソーシャルの意味づけも加わり、マーケティング全体の革新の潮流も生まれているからです。

第1の変化は、消費者自身の「所有欲求」ということです。

マイカーやマイハウスといった大型消費の対象は、「所有」されるものではなく「シェア」するものという考え方がクローズアップされてきています。自動車をレンタルカーとして借りて使用することは以前からサービスとしてありました。レンタルサービスにはビデオ・DVDや貸本など身近なものもあり、あえてここで共有文化という「シェア」の在り方が問われていたのではありません。これらは、一時的にしか価値を持たない商品であって、購入して継続的に利用する意味がなかったものだからです。

ところが、“カーシェアリング”のサービスにみられるものでは、それを単発ではなく常時使用し、自分のプライベートな生活空間を形づくるコアなものとみなす点です。

自動車は購入の際にも慎重に、自分らしさやブランドイメージにこだわったりするものです。それにもかかわらず、どうして他者と共有して利用することが可能になってきたのでしょうか。

そこには「シェア」の現代的な意味があるということです。消費者が互いにモノを共有しあうという新しい消費行動が、モノの消費を大きく変えると同時にネットワーク情報の価値を高める要因にもなっているのです。

消費者心理の変化(2):「シェア」による顧客の新しい経験価値創りへ

モノの商品価値がコモディティ化の波の中で、どんどん薄れていくと同時に一方ではディズニー等の新しいサービスの”経験”が求められるようになってきています。そのような市場の変化の中で、モノを持つ所有型のビジネスモデルは崩壊しつつあります。それは自動車だけでなく、住居から家財道具などのあらゆるビジネスに浸透させる仕組みが始まっていることからも明らかです。

そこにあるのは、モノを所有する経験価値の根本的な見直しです。そして、自分らしさや共感を求める心理のマーケティング理論をどう考えるかという課題なのです。

認知科学(心理学)との関連で、この新しい経済と消費の変化を分析してみるとどうなるでしょうか。

第一には、人が“合理的”な経済価値(損得感)によって動くのではないことを実証してきたことがあります。

この「行動経済学」という科学は、2002年に認知心理学者であったダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーらが確立したものです。それは経済分野でノーベル賞を受けたことで一躍知られることになったのですが、いかに“感情”によって消費行動が支配されているかを実証しました。

たとえば、損得感の問題などは、一見すると誰でも合理的に考え行動し、損するようなことはしないと思っています。ところが、人は同じ額なら損をしないほうを90%以上の確率で選ぶ、といった実証研究で示したわけです。

ネットワーク化とシェア化の比例的な関係

第二にあげられことは、シェア化のビジネスを加速させているのはネットワーク化ということです。

ネットの拡大は必要なモノを必要な場や時間でシェアしていく情報を飛躍的に拡大させました。つまり、「ネット化=シェア化」という関係式が成り立つのです。

シェア化によって所有による消費者の経験価値よりも高い価値が生まれてきています。その背景要因には、商品ライフサイクルが技術革新で早まり新商品もすぐに陳腐化すること、またグローバルな競争環境の中で商品のコモディティ化が進んでいることがあげられます。新しい商品が出ても、すぐに別の高機能な商品がとって代わるとすれば、所有するリスクのほうが高くなってくることは明らかなのです。

たとえば、今やタンスのような高級家具や洗濯機の電化製品などは、廃棄処分のコストのほうが新品を買うより高くなることさえ起ってきます。エコ運動の高まりとともに、メーカーは廃棄処理のリスクを負うことになり、個人でも引っ越し時には本箱のような家具でさえ数千円も廃品回収料で取られたりします。

こうしたことからも、メーカーや販社がリサイクル可能なシェア型のビジネスモデルを確立するほうが環境問題からしても効果的です。

また、社会全体からみてもシェア化には環境や資源を有効に利用していくメリットがあります。

ただし、こうしたシェアの拡大がすぐに「モノへのこだわりがなくなってきた」という見方は一面しかみない短絡的なものです。

こだわりの心理的意味は、利便性や経験価値の内容とのバランスによって変わってくるものであり、特定のモノへの執着心がないから消費行動が弱まると考えるのは誤りだからです。あくまで、そのシェアによってもたらされるコストと経験価値のバランスが問題なのです。

シェアを軸とした新しい消費行動スタイルは、従来になかった経験価値の内容を創出していると考えるべきでしょう。自動車であれば、今月はトヨタで来月は日産に乗ることもできるわけであり、オプションの広がりと多様な機能を“試行”できます。 また、その購入後に商品の不具合がわかって、後で取り換えができないような購入リスクも避けることができます。

こうした所有リスクをなくすシェア化は、ネット環境がユービキタス(全域化)な広がりを持つほど顧客のベストマッチへと保証されるものとなってきます。