■「経験デザイン」の認知的方法(1)/「つい買ってしまう」という行動の経験デザイン
モノを買うときに、女性はあれこれ散策しながらショッピングの経験そのものを楽しみ、男性は最初に計画したモノを買ったらすぐに帰ってしまう「目的買い」がほとんどです。これは心理学でも実証されているわけですが、男性にモノを薦めるのは確かに難しいようです。
ところが、男性でもつい買ってしまった経験は誰でもあるもの。たとえば、ビジネス用の背広を買いにいくと、同じような色合いや型しかなく、決め手となるものがないというケース。こんなとき、できる店員なら、どうするでしょうか。
できる店員なら、試着室で迷うお客様の鏡に映る姿をちらりと見ながら、すぐにその服にマッチするネクタイを持ってきます。そして、「ほら、こんなネクタイをするとお顔がひきしまった感じになりますね!」と一言そえながら、ポーズを変えさせて鏡に映る自分の姿の見栄えを感じさせるのです。
たいてい、その場合のネクタイは高級なもので、それとマッチする背広と感じさせる色合いやデザインです。そのため、仮に単体では標準レベルの背広でも、ネクタイのイメージにひきづられて何かそれも高級そうに感じてしまうわけです。つまり、そのネクタイが実は購買動機の心理的な“アンカー”となるものなのです。
できる店員はこの“アンカー”による心理効果をよく知っているわけで、そのためにお客様が買いたいとする服だけを単品で売るようなことはしません。当然ながらセット販売やクロス販売といったことで売上げもアップします。
■「経験デザイン」の認知的方法(2)/ 非合理的な損得の感情による「行動経済学」
そもそも、背広などは同じようなモノがほとんどで、その違いはよく目を凝らさないとわからないほどです。そのような商品を差別化しようというわけですから、メーカーも大変なわけですが、ポイントはこのような販売の現場にいる側の「お薦めの仕方」にあるのです。
まず注意したいのは、男性は細かない違いを視る能力は低いということ。残念ながら、そのようなセンスを持ち合わせないのです。この鈍感さの特性は、顔の表情の差異を判断させる心理実験でも示されており、女性に比べ25%も劣っていることがわかっています。
つまり、男性にお薦めを何かしようとするなら、外見での違いを感じさせる工夫をもっとわかりやすい形で示す必要があります。そうしないとわかりません。そこで、お客様の購買目的の服とは別のアイテムのネクタイを組み合わせて着せることで、その差異となる全体イメージを変えたというわけです。
このような心理的アンカーの実証をした認知心理学者のダニエル・カーネマンは、心理学者にも関わらずノーベル経済学賞(2002年)まで受けました。それをきっかけに、従来の合理的な経済学とは異なる「行動経済学」という学問が生まれました。
それは「人の実際の心理」をベースにした損得の科学といってよいかもしれませんが、「プロスペクト理論」ともいわれるものです。こうした損得の感情に重きをおく人の在り方には、合理的な行動とはほど遠いところがあり、とても興味深いものだといえます。